死なせたくない一心で。ドキュメンタリー映画『いのちの深呼吸 上映&トークショー』感想

この願いは”いまを生きる”わたしたちの希望―――

どうもどうも、ちびぞうです。

こちらの映画は去年の10月21日に、地元のCINEXさんで岐阜新聞映画部の方と行っているコラボ企画イベント的な上映会&トークショーで鑑賞してきましたぁあ!

トークショーに登壇したのは本作品の主人公でもあります根本一徹さん!!

映画のあとにはサイン会(握手付き)も行っていて、ちびぞうもちゃっかり握手させてもらってきました!!!(笑)

…こんなテンションで幕開けしてしまいましたが、とっても重たく真摯で熱い内容の映画となっておりますのでご注意ください。

パンフレットはこのような感じ。

表紙にサイン頂いています。合掌。

著名人のコメント、自殺大国ニッポンの現状を調べた統計や、脳科学者の茂木健一郎さん、精神科医の斎藤環先生などの寄稿があり、映画のパンフレットというよりは「日本人の自殺」に知ることのできる参考資料といった感じ。14Pと頼りないページ数ですが、内容はとても充実しているなと感じました。(お値段書いてない&忘れてしまったので未記載ですいません)

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【映画情報】

【原題】 The Departure
【制作国】アメリカ
【監督/製作】ラナ・ウィルソン
【製作総指揮】サリー・ジョー・ファイファー、リリー・ハートレイ、マイク・ラーナー、ダイアン・L・マックス、レジーナ・K・スカリー、ジェフリー・タラント
【共同プロデューサー】エリ・ヨコヤマ
【共同エグゼクティブ・プロデューサー】クレア・シルバーマン
【撮影】エミリー・トッパー
【編集】デビッド・ティーグ
【オリジナル音楽】ネイサン・ミシェル
【挿入曲】クリスチャン・フェネス、坂本龍一
【製作】Drifting Cloud Productions,Roast Beef Productions
【共同製作】ITVS
【製作協力】Artemis Rising Foundation
【出演([]内は役名)】

  • 根本一徹

【公開日(日本)】2018年9月8日
【上映時間】87分
【配給】パンドラ
【IMDB】7.1/10.0  (およそ120人の評価)

【あらすじ】

岐阜県大禅寺で住職を務める根本一徹のもとには、全国の自殺志願者からのメールや電話が昼夜を問わず届く。追いつめられ、誰にも頼ることができないSOSの声を受け、根本は彼らのもとを駆けつけるが、何か特別なことをするわけでもない。ただ話に耳を傾け、彼らとともに食事を摂り、さりげなく寄り添う。そんな根本の存在に安堵した自殺志願者は、少しずつ生きる気力を取り戻していく。実は根本自身にも、身近な人を自殺で亡くした過去があった。そして心臓に病を抱える根本にとって、大量のメールや電話に対応するには心身ともに限界にきていたが……。【引用元:映画.com

【感想】

☆3.2/5.0

邦画なのかな?と思ったら監督は外国人!

監督のラナ・ウィルソンは2013年にニューヨークで根本一徹さんの記事を読み、彼の活動に興味を持ったそうです。そして根本さんの行っている自殺志願者向けのワークショップに参加するなど、外側からだけでなく内側からも体験してみるアプローチをしています。

この映画では「人と人のつながり」を描いており、つながりこそが人生に生きる価値を与えるものだとコメントしています。

第三者・傍観者としてではなく当事者の目線で作ろうとしている監督の真摯さも、根本さんに共通する部分だなと思ったりしました。

この作品をドキュメンタリー映画として面白いかどうかで考えるのは難しいですね。重いテーマを扱ったドキュメンタリー映画はほかにもありますが、テーマやその主人公として描かれる人物の魅力や強さに圧倒されるものばかりで、もはや”映画”として観れているのかどうかも怪しい。例えば演出方法がーとか構成がーとか色々と言えることもあるのかもしれませんは、ちびぞうは情けないことにそういう面での映画の知識などに乏しく…結局は今回もこのテーマについてどう思うのか、という部分に触れるのみになってしまいそうです。

根本一徹という人物

音楽が好きで、バンド経験もあり、僧侶になった今でも時折クラブに赴いて体を揺らしている。悩める人が助けを乞えばバイクに乗って深夜でも駆けつける。そんなファンキーな一面を持つ根本さんは、岐阜県関市の大善寺の住職。

彼は「旅立ち」というワークショップを自殺志願者のために開いており、その内容は自分にとって大切なものを書き出させ、それを少しずつ取捨選択して捨てさせる。そしてそれが全てなくなった時「これが死です」と告げ、「死んでしまうとはどういうことか」を想像させる・疑似体験させるというもの。実際に横になり、顔に白い布をかぶせて死体のように過ごす場面も劇中でありました。

そのワークショップ以外の活動は、自分の連絡先を公開し日夜問わず連絡してくる自殺志願者の電話やメールに応え、必要であれば直接会いに行く…というもの。

そしてひたすら彼らの話を聞き、受容して、励ます。根気よく、何度も何度も。

彼のこの熱意は、叔父と、高校時代の友人が自殺で亡くなっているところからきているらしい。「なぜ死を選んだのか」と悩み続け、「もう誰も死なせたくない」と強く願う。この願いそのものが、住職の活動に直結しているのだと感じました。

まとめ

ネガティブな感情を常に抱いている人や、人生に対して後ろ向きだったり、大きなトラウマを抱えて苦しんでいる人たちに寄り添って、励まし、彼らの人生を上向かせてあげようと思うことは、わりと多くの人が思う事なのかもしれません。

だけどそれを行動に起こすこと、実際にやってみること、最後まで寄り添い続けることは、とても難しいんです。なぜかと言うと、よほど強い精神力を持った人でなければ自分も疲弊してしまうし、削れてしまうし、共倒れてしまうから。誰だって自分の人生を一番に考えなければいけないし、そうやってマイナス方向に引っ張られてしまうような相手とは関わりたくないと思ってしまうものです。それが非人道的だとか優しくないとかそういうことではなく、生き物はすべて、自己防衛本能というものがあるからある意味それが当たり前というか。

実際、根本さんも無茶をしすぎて体調を崩してしまわれていますし…、自己防衛すべきなのは根本さんだよ!!(でもここまで献身的になれるからこそ偉大になれるのか…)

しかしこの映画を観ていて時々感じたのは、彼自体もどこか病んでいて、「人を死から救う事に囚われすぎているのでは」ということ。自らを犠牲にして人の為に行うのは素晴らしいけれど、その目的が素晴らしいから霞んでいるだけで「己の体や人生を大切にできない」という部分において自殺志願者と共通するものを感じてしまう。

そうやって根本さんが体を病むほどに負担を背負うのは、同じように自殺志願者の心に寄り添おうとする人が他にいないからなのかもしれませんけども。

ちびぞうが最初に言ったように、心を病んだ人に付き添うのは大変なこと。でももしかしたら、根本さんのように活動する人が増えて、みんなが少しずつ誰かの心を分け合うように背負えたら、引きずられて共倒れしてしまう、なんてこともなくなっていくのかもしれませんね。

映画を観たあとで、根本さんのお話を聞きましたがとても努力を積んできた人なんだなぁ、と思いましたね。真似できない。映画を観てるだけでは分からないようなお話(自殺志願者が立ち直って元気に生活している話とかとても嬉しい報告的なもの)も聞けて、根本さん自身のことも知れて、その人のことをよく知らないままに(映画の中だけの情報で)色々思うのは早計だなーと。

最後は、人の為に生きられる人にちびぞうもなりたいなぁ。と思いつつ、握手させて頂きました。

ここまで読んでくださってありがとうございました。


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画像引用元:映画.com

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